無料ブログはココログ

« 吉野ケ里遺跡(よしのがりいせき) | トップページ | 日本の文化史早わかり(縄文時代~安土桃山時代) »

2013年8月25日 (日)

古代の日本

  縄文時代の文化の中心は、東日本の落葉広葉樹林帯にあり数万人から数十万人が暮らしていました。縄文人は、主食としたドングリのシブを取るために世界にさきがけて土器を発明したのです。

弥生時代に農耕が始まると日本文化の中心は、西日本照葉樹林(常緑樹)帯に移っていきます。紀元前数百年頃に中国大陸から稲作と金属製造技術を持った弥生人が北九州に渡来し、縄文人を支配し混じり合っていきます。鉄器により水田が広がり常緑の森が切り開かれていくと、今までの採集と比べ生産力が格段に高まり人口が増えていきました。渡来人はその後の長い期間に、数十万人から百数十万に及び、大和朝廷の中心勢力となりその後の日本の歴史を作っていったと考えられています。

大陸からの弥生人は、大きく二次に分かれて日本に渡来したようです。農耕文化と青銅器を持った第一次弥生人(出雲人)がまず入ってきて、次いで大和朝廷を開く第二次弥生人がさらに優れた農耕技術と鉄器を持ってやってきます。彼らは、古事記によると九州に上陸し東へと勢力範囲を広げていったと考えられます。

« 吉野ケ里遺跡(よしのがりいせき) | トップページ | 日本の文化史早わかり(縄文時代~安土桃山時代) »

日本の歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1351206/52944797

この記事へのトラックバック一覧です: 古代の日本:

« 吉野ケ里遺跡(よしのがりいせき) | トップページ | 日本の文化史早わかり(縄文時代~安土桃山時代) »