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2013年8月25日 (日)

日本の文化史早わかり(縄文時代~安土桃山時代)

 1万年以上前から日本に住んでいた縄文人は、主食のドングリ等のシブを取るために世界に先駆けて土器(縄文土器)を発明しました。弥生時代には、米の貯蔵や調理に便利な弥生土器が作られます。大陸から伝わった青銅器は出雲を中心とした文化圏を形成しますが、大陸から鉄器を持った人々が九州を中心に勢力を伸ばし、出雲を征服し大和を中心にして多くの部族を従えながら国を統一していきます。3世紀半ば頃から古墳時代に入り、大和王権の力を誇示するため古墳の規模が次第に大きくなり、大仙陵古墳(仁徳天皇陵)のような巨大古墳が造られました。

 縄文時代からの自然崇拝や弥生時代の五穀豊穣を願った祈りは、神を祀るための神社となり、王家の神聖化のため天照大神を中心として日本古来の神道が形成されていきます。また、538年に仏教が伝わると、7世紀前半に飛鳥寺や法隆寺等の寺院が建立され、仏教中心の飛鳥文化が生まれます。

 672年の壬申の乱により天皇の権威が確立し、遣唐使によりもたらされた中国唐初期の先進文化の影響により白鳳文化が生まれます。興福寺仏頭、法隆寺金堂壁画、高松塚古墳壁画がこの時代です。

奈良時代に入ると中央集権的な国家体制が整い、平城京を中心とし盛唐文化の影響を強く受けた国際色豊かな天平文化が花開きます。天武天皇が始めた国史編纂事業は、712年に古事記、720年に日本書紀として完成し、最古の歌集である万葉集の編さん、東大寺の大仏造立等が行われました。

 794年の平安京遷都から約1世紀の文化を、弘仁・貞観文化と呼びます。漢文学が発展し、空海や最澄がもたらした天台宗や真言宗が広まり密教が盛んになっていきます。都から離れた山中に室生寺金堂が建立されました。

894年に遣唐使が中止されたことにより、それまでの唐文化と貴族社会を中心に日本独自の文化である国風文化が生まれていきます。かな文字の発達により竹取物語や伊勢物語に続いて、源氏物語や枕草子など国文学の秀逸な作品が生み出されます。貴族の住宅は、日本風の寝殿造りとなり、浄土教の流行に伴い平等院鳳凰堂などの阿弥陀堂が造られます。

 1086年に白河上皇が政治の実権を握り院政時代になると、貴族文化は新たに台頭してきた武士や庶民の地方文化を取り入れはじめ院政期の文化が生まれます。浄土教の思想は全国に広まり、平泉の中尊寺金色堂、陸奥の白水阿弥陀堂、豊後の富貴寺大堂など、地方豪族が作った阿弥陀堂や浄土教美術が残されています。歴史物語の大鏡、源氏物語絵巻や伴大納言絵巻、信貴山縁起絵巻、鳥獣戯画等が生まれます。

 鎌倉文化は、貴族文化が庶民にまで広がると共に、武士の素朴で力強い文化がもたらされました。浄土真宗や禅宗が広まり、建築では禅宗様(唐様)の円覚寺舎利殿、軍記物語である平家物語、絵巻物が全盛期をむかえ蒙古襲来絵巻や春日権現験記などが制作されました。

 室町時代には、まず南北朝の動乱期を背景とした南北朝文化が生まれ、軍記物語の太平記が作られます。その後の北山文化は、三代将軍足利義光が建立した金閣が貴族の邸に用いられた寝殿造りと武家の好んだ禅宗寺院の禅宗様を折衷したもので、その特徴を表しています。続いて八代将軍の足利義政は応仁の乱後に京都東山に銀閣を建立し、禅の精神にもとづく簡素さと侘寂(わびさび)を基調とした東山文化になっていきます。

 信長や秀吉の安土桃山時代の文化を桃山文化と呼びます。戦国大名が好む豪快かつ華麗な文化が発達し、大阪城などの城郭建築がその象徴です。

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