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2013年9月 7日 (土)

東西の本願寺

 浄土真宗は親鸞を開祖とし、鎌倉時代初期に生まれました。室町時代後期に登場した第八代蓮如(れんにょ)の布教により信者を増やした浄土真宗は一向宗とも呼ばれ、大阪の石山本願寺は一大勢力となりました。石山本願寺を拠点に織田信長と合戦したのは第十一代顕如(けんにょ)でした。顕如の嫡男である教如(きょうにょ)は、後を継ぎ十二代法主となりましたが、顕如の末子である准如(じゅんにょ)を後継者に指名した遺言状を秀吉が裁定し、准如が法主となりました。准如の西本願寺は秀吉から与えられた広大な土地に1591年に建てたもので、不本意な形で法主の地位を追われた教如は、家康から京の地に寺地を贈られ1602年に東本願寺を建て、本願寺が西と東に分断されました。徳川家康は、若き時代に一向一揆に苦しめられた経験があったため、両者を対抗させ脅威を分散させたと言われています。写真は、京都の東本願寺です。

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