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2013年9月 7日 (土)

古墳の埋葬者が分かれば古代日本が分かる

 古代古墳には墓標などが無いので、埋葬者を特定できないと言われてきましたが、最近の画像解析研究により特定できるようになったようです。驚きです。多くの歴史家や歴史作家が陵主を推定するために、多くの時間を費やしてきましたが、「画像解析によって判明した古墳墓碑」平成255月初版、池田仁三著書によると、多くの古墳の主が特定されています。

 仁徳天皇陵は大仙陵と併記する必要が無くなり、高松塚古墳は天武天皇の忍壁(おさかべ)親王で、古墳内の色鮮やかな人物壁画は天智天皇と天武天皇の妃・皇子・皇女たちでした。多くの豪華な副葬品が発見された藤ノ木古墳の二人の埋葬者は敏達(びだつ)天皇の妃と皇子、四神図で有名なキトラ古墳は天武天皇の皇女でした。

 さらにさかのぼると、装飾古墳で有名な熊本県山鹿市のチブサン古墳は紀元前197年没の天照大神、福岡県八女市の八女童男山1号は紀元前180年没の徐福の墓、佐賀県の吉野ケ里の墳丘墓に紀元前183年没の墓主が見えるなどとなっています。

 これら埋葬者を年代順に並べると、北部九州に栄えた文明が東進し大和王権を作り、中国歴史書の日本の邪馬台国は大和に存在し、卑弥呼は箸墓古墳に埋葬されたことになり、邪馬台国は近畿説で決着です。また、福岡県志賀島から出土した金印は、西暦57年に後漢の光武帝から倭に贈られたものですが、側面に第三代安寧(あんねい)天皇の王子の名前が画像解析により浮き出てきました。安寧天皇の御陵は大和にあり、王子の墓碑は佐賀県の一貴山銚子塚で多く見つかっているので、この時代には大和と北部九州の強固な関係が有ったことになります。

この本に書かれている事が事実と認定されれば、歴史教科書が大幅に書き換えられるでしょう。

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