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仏像

2013年8月25日 (日)

仏像作りの技法

 538年、百済からの仏教伝来と共に仏像が伝わり、飛鳥時代に青銅製の金銅仏が造られ、奈良時代には粘土で造った塑像や漆を用いた脱活乾漆像(だっかつかんしつぞう)が盛んに造られました。青銅製のブロンズ像としては、薬師寺金堂の薬師三尊像、東大寺大仏殿の大仏があります。塑像の代表作は、法隆寺五重塔下四面の群像、東大寺戒壇院の四天王像、新薬師寺の十二神将です。脱活乾漆像の代表作は、興福寺の阿修羅像を含む八部衆、東大寺法華堂の不空羂索観音菩薩立像です。

 鑑真渡来に伴い木造仏が奈良時代後半に造られるようになり、平安時代には一木造りが主流になっていきます。平安時代初期の作品として神護寺の薬師如来立像、法華寺の十一面観音菩薩立像、観心寺の如意輪観音菩薩坐像があります。平安時代末期の定朝により寄木造り法が確立します。

 2012年に国宝に指定されている国宝仏は126件あります。内訳は、木造90件、青銅11件、乾漆造17件、塑像7件、石造1件となっています。

仏師

 日本初の本格的な仏師は、飛鳥時代の鞍作止利(くらつくりのとり)でした。代表作は、飛鳥寺の飛鳥大仏や法隆寺金堂の釈迦三尊像で、アーモンド型の眼とアルカイックスマイル(ギリシャのアルカイック時代の像に見られる口元の微笑)が特徴です。

 奈良時代は、官寺の仏像制作が国の手によって行われました。平安時代末期に天才仏師の定朝(じょうちょう)が現れ、寄木造の技法を完成させます。柔和で優美な表情の仏像は、平安貴族に愛され特に時の最高権力者の藤原道長に寵愛されました。代表作は、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像です。

「仏師の祖」と言われた定朝の弟子や子孫から派生した仏師の系譜は、円派・院派・奈良仏師に分かれ、奈良仏師から慶派へと受け継がれていきます。平安時代は、貴族に好まれた定朝様じょうちょうよう)の円派と院派が仏像制作を独占していました。

 鎌倉時代には定朝様とは異なる写実的な慶派の仏師が活躍します。代表作は、運慶の東大寺南大門の金剛力士立像、快慶の浄土寺阿弥陀三尊像・安倍文殊院の文殊菩薩坐像などです。慶派の創始者で運慶の父であり快慶の師匠である康慶(こうけい)の代表作は、興福寺南円堂の不空羂索観音(ふくうけんざく)です。運慶の息子達の代表作は、長男湛慶(たんけい)の蓮華王院千手観音座像、三男康弁(こうべん)の興福寺竜灯鬼立像、四男康勝(こうしょう)の六波羅蜜寺空也上人像です。

 室町時代には、さらに多くの仏像が作られるようになります。江戸時代初期に活躍した円空は旅をしながら生涯に12万体の仏像を彫ったと言われています。

好きな半跏思惟像ベスト3

一位は、広隆寺の弥勒菩薩半跏像(国宝1号)で、通称「宝冠弥勒」と呼ばれています。仏像の中でこの仏像が最も好きです。半跏思惟とは、台座に腰掛けて右足を左大腿部にのせて右膝頭に右肘をつき、右手の指先を軽く右頰にふれて思索する姿です。当時日本で使われない赤松で造られているため、日本書紀623年に新羅から伝来したものとする説が有力です。下の写真の韓国の国立中央博物館にある六世紀後半頃の半跏思惟像と比較してください。似ています。通称「泣き弥勒」と言われる弥勒菩薩半跏像(国宝)も霊宝館に安置されています。より人間に近い表情をしています。

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二位は、中宮寺の菩薩半跏像(国宝)です。スフィンクスとモナリザと共に世界三大微笑像と呼ばれています。木造に漆が塗られて表面が黒く照明が暗いので、相当近くで見ても、微笑みの表情が良く見えませんでした。

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三位は、大阪野中寺(やちゅうじ)の弥勒菩薩半跏思惟像(重文)です。聖徳太子建立のお寺と言われています。高さ約30cmの小さな像で、毎月18日に拝観することができます。どのように人々を救うのかを思案している半跏思惟像は、何故か聖徳太子ゆかりの広隆寺・中宮寺・野中寺に残されています。

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好きな大きな木造の仏像ベスト3

 一位は、奈良県長谷寺の十一面観音立像(重文)です。国宝・重要文化財の木造彫刻の中では最大像高の10.2mです。特別拝観時に足元まで近づき触る事ができます。鎌倉長谷寺の十一面観音(像高9.2m)も同じ木から作られたという伝説があります。

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二位は、福島県会津の恵隆寺(えりゅうじ)の立木千手観音立像(重文)です。像高7.4mの大きさで、立木の一木造としては日本最大級の仏像です。左右の二十八部衆と共に、大きな垂れ幕が前に掛けてあるので、彩色が鮮やかに残っています。会津若松駅からJR只見線の塔寺駅から歩いて20分です。塔寺駅からの道の両脇に多くの蔵を見る事ができます。

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 三位は、奈良県金峯山寺(きんぷせんじ)の蔵王権現立像3体(重文)です。中尊は像高7.3mで、青をベースに鮮やかに彩色された憤怒の形相は圧巻です。

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 次点は、東大寺南大門の金剛力士像です。運慶快慶作の国宝2体で高さ8.4mです。非常に有名な像ですが、好き嫌いの対象ではないという感じです。

好きな古い仏像ベスト3

 一位は、善光寺の秘仏です。538年に仏教が伝来した時に、百済の聖明王から欽明天皇に献上された金銅仏と言われています。絶対秘仏の本尊の代りに、前立本尊が6年に1度御開帳されています。2013年の東京両国回向院での出開帳では、秘仏と同じお姿の出開帳仏である阿弥陀如来三尊を身近で拝観することができました。感謝です。

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 二位は、奈良県飛鳥寺の飛鳥大仏です。609年に鞍作鳥(くらつくりのとり)により作られた銅造で、当初の部分は顔の上半と右手指3本のみと言われており、日本で作られた最古の仏像です。感慨深いものがありました。

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 三位は、法隆寺金堂の釈迦三尊像です。教科書であまりにも有名な止利仏師(鞍作鳥)による623年造立の金銅仏です。杏仁形(きょうにんがた、あんずの種の形)の両眼を見開いて口元にアルカイックスマイルを浮かべる神秘的風貌です。

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好きな頭だけ仏像ベスト3

 一位は、興福寺仏頭(国宝)です。悲しく憂いを帯びた表情に引き込まれます。元は山田寺の本像で、蘇我倉山田石川麻呂を弔うために685年に造られました。乙巳の変で蘇我宗家は滅び、変に功の有った石川麻呂が右大臣となり大化の改新が進められますが、やがて謀反を諫言され山田寺で自害します。藤原氏の氏寺である興福寺に移された事に因縁を感じます。

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 二位は、上野公園の上野大仏の顔面レリーフです。1660年頃に作られた高さ約6mの釈迦如来坐像は、火災や地震後に再建され、関東大震災で崩壊後、第二次世界大戦時に軍需に供出され顔面部だけがレリーフとして残っています。どっしりとしたお鼻で慈悲に溢れたお顔の上野大仏は、もうこう以上落ちないということで合格祈願に訪れる人が多いとの事です。

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 三位は、大観音寺の観音菩薩頭部です。東京都人形町の通りに面した小さなお寺で拝観できます。北条政子の建立した新清水寺(しんせいすいじ)の本尊で、鎌倉時代にお寺が延焼し、その後頭部のみ鶴岡八幡宮の井戸より発見され、明治時代より大観音寺に安置されるようになったそうです。鉄製で比較的大きく、毎月11日と17日に拝観することができます。

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2013年8月18日 (日)

好きな大きな仏像ベスト3

一位は、東大寺の奈良の大仏で親しまれている盧舎那仏坐像(国宝)です。大仏殿に入るとその大きさに圧倒され、像高15m以上に大きく見えます。初めて見た仏像で、中学時代に非常に感動しました。752年の開眼供養以降、1180年に平重衡の軍勢の放った火災で破損し、1567年には松永久秀の兵火で大きな損傷を受け、現在の仏像は1692年に開眼供養されたものです。

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  二位は、鎌倉高徳院の阿弥陀如来坐像(国宝)です。奈良の大仏に次いで、高さ11.3mの鎌倉の大仏は、津波で仏殿が流されたため外で風雨に耐えてきました。20円で仏像内部に入る事ができます。

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  三位は、格が違い過ぎて空位だそうです。個人的には、高さ2.8mの飛鳥大仏です。日本で最初に作られた歴史の偉大さで選びました。

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京都・奈良以外で好きな仏像ベスト1~5

一位は、浄土寺の阿弥陀三尊像(国宝)快慶作です。兵庫県にある浄土寺は、神戸電鉄小野駅から神姫バスが出ているのですが、本数が少ないので下調べが必要です。行きは時間帯が合わずに歩いて1時間でした。東大寺を再興した重源による1192年創建のお寺です。中尊は高さ5.3m、両脇侍は高さ3.7mで下から見上げる姿は、とても神々しいものでした。写真は、高い位置で撮影されているので印象が異なりますが、拝む目線で見上げる像がとても素晴らしいのです。

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二位は、九州大宰府の観世音寺の馬頭観音立像(重文)他仏像群です。高さ5mの3体の観音像が並ぶ様は圧巻です。観世音寺は、761年に戒壇院が設けられた寺で、当時の伽藍は残っていませんが、国宝の梵鐘と宝蔵に安置された多くの仏像が今に伝わっています。

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三位は、大阪観心寺の如意輪観音坐像(国宝)です。4月17日と18日のみ公開されています。赤みを帯びた彩色が残っており、豊満で官能的な感じがします。色っぽい仏像ナンバー1です。

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四位は、鎌倉覚園寺(かくおんじ)の薬師三尊像(重文)です。足利尊氏建立の銘の有る薬師堂に入ると、三体の仏像が真っ直ぐにこちらに目を向けており慈悲に溢れています。参拝は、定時に案内を受けながら50分位で寺内を巡ります。

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五位は、大阪葛井寺(ふじい)の千手観音菩薩坐像です。毎月8日に公開されています。高さ約1.3mの像に千本以上の手があり、厨子一杯に納まっているようで迫力がありました。

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 次点は、東京都の深大寺の釈迦如来倚像(重文)です。東京に白鳳仏があるという事と、椅子に座った倚像である珍しさにより六位入賞です。

奈良の好きな仏像ベスト6~10

 六位は、浄瑠璃寺の九体仏(国宝)です。国宝の本堂と三重塔を見学に行ったのですが、本堂内に横一列に並んだ九体の金色に輝く阿弥陀仏に目を見張りました。厨子に安置されている吉祥天立像(重文)の方が有名ですが、九体の壮観な姿に感動です。

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 七位は、東大寺法華堂の不空羂索(ふくうけんざく)観音菩薩(国宝)です。山側に二月堂と法華堂(三月堂)が並んで建っており、初めは法華堂の外観だけを見て通り過ごしてしまいました。法華堂の天井まで安置された大きな観音菩薩に圧倒されました。一時期、新しく開館した東大ミュージアムに移されていました。

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 八位は、長谷寺の十一面観音立像(重文)です。国宝・重要文化財の木造彫刻の中では最大像高の10.2mです。特別拝観時に足元から見上げると、その大きさに驚きます。黒光りしている足先に触り拝む事ができます。

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 九位は、法隆寺夢殿の救世(くせ)観音立像(国宝)です。聖徳太子の祟りを封じるために白い布でグルグル巻きにされていたので、今でも鮮やかな金箔と口紅の朱がなまめかしく残っており、生きているようでした。特別拝観時に見る事ができます。

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 十位は、金峯山寺(きんぷせんじ)の蔵王権現立像3体(重文)です。中尊は像高7.3mで、3躯共に青をベースに鮮やかに彩色されています。特別拝観時に下から見上げる3躯は、憤怒の形相で迫ってきます。

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奈良の好きな仏像ベスト1~5

一位は、興福寺の阿修羅像(国宝)です。あんな像が好きだなんてミーハー(古い!)と言われそうですが、うっすらと彩色の残る少年の顔をしたこの像が良いのです。正面の少し怒気を含んだ顔、左側面の何かを思いつめる顔、長い6本の手を持つ少年のような阿修羅像が大好きです。八部衆立像の他にも山田寺仏頭など多くの秀逸な仏像と共に宝物館で見学する事ができます。

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二位は、飛鳥寺の釈迦如来坐像である飛鳥大仏(重文)です。飛鳥時代に崇仏派の蘇我馬子が創建した法興寺に安置された日本最古の仏像です。609年に鞍作止利により制作された仏像は、その後の火災で大きく損傷し修復が加えられており、継ぎ接ぎのフランケンの様な顔をしていますが、その場に1400年間も座り続けているとの説明に感動です。アーモンド形の目は、鞍作止利仏師の法隆寺釈迦三尊像と同じものでした。写真が自由に撮れるのは、嬉しい限りです。

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三位は、唐招提寺の千手観音立像(国宝)です。唐招提寺の南大門をくぐると、目の前に金堂が堂々と建っています。その金堂を覗くと大きな仏像三体が安置されていて、目を奪われたのが、高さ約5.4mの千手観音立像でした。今は少し手の数が欠けていますが、約千本の手で本当に救ってくれそうです。特にこの金堂は、金網戸越しのすぐ近くに仏像が安置されており、風雨の影響を大きく受けそうですが、永い年月立ち続ける姿に感動でした。

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四位は、新薬師寺の十二神将立像(国宝)です。とぼけた顔立ちの薬師如来坐像(国宝)を守るように円形に並んだ十二の像は、うっすらと彩色が残っているものもありますが、埃にまみれた感じで土間に立っていました。力強く戦う守護神の躍動的な姿と、バランス良く丸く立ち並ぶ光景に目を奪われました。

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 五位は、秋篠寺の伎芸天立像(重文)です。初夏、うだるような暑さの中、秋篠寺の境内に入ると苔むして落ち着いた雰囲気で、国宝金堂内はひんやりとしていました。薄暗い金堂の中で、優しい母の様な慈愛に満ちた表情で伎芸天立像が立っていて、なごやかな気持になっていくのを感じました。照明を当てて撮影した写真が売られていましたが、温もりの有る実物の方が100倍素晴らしいものです。

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